福岡高等裁判所 昭和32年(う)1584号 判決
刑法第二百四十七条に所謂他人のためその事務を処理する者とは本件の場合売主である被告人の実兄茂穂をいうのであつて、被告人は代理人として兄茂穂の承諾を得て売買予約並びにその登記をなしたものであるから、これにあたらないと主張する。しかし、既に前に説明したとおり被告人は昭和二十五年五月以降本件既登記不動産について所有者たる兄茂穂から管理処分の一切を委任され、被告人が本件第一次処分行為並びに第二次売買予約(昭和二十九年七月二十五日)並びに所有権移転請求権保全の仮登記(同月二十七日)を兄茂穂の代理人として了しているのであつて、右法律行為の行為者は被告人自身に外ならないのみならず、凡そ代理人として売主たる本人の名において既登記不動産の売買行為をなした場合、特段の事情のない限り売主と共に買受人のため所有権移転登記手続を履行すべき義務を負担すると共に、買受人において所有権移転登記手続を完了するまではこれと相容れない登記がなされないよう防止すべき消極的義務をも負担しているものと解するのが相当であつて、このことは被告人が本件被害者である買受人に対し何時でも登記に応じ何等の損害を被らしめない旨誓約書(前顕証第二号及び同第八号)を差入れていることからも明らかである。従つて本件既登記不動産の前記第一次買受人である佐田巷に対し所有権移転登記手続が未だ経由されていないのに乗じ、自己の利益を図る目的を以て、第二次買受人である原判示山本ツマに代金三十五万円で売渡す旨の予約をなし且つ所有権移転請求権保全の仮登記を了した被告人の所謂二重売買行為は、まさに刑法第二百四十七条の背任行為にあたるものといわねばならず、原判決の右法令の適用はまことに正当であつて所論のような誤りは何等存しない。論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 厚地政信 裁判官 中島武雄)